YOAKE INTERVIEW

“選ぶ、使う、触れる” 楽しみを大切にした、永く愛せる家具や道具を生み出すブランド「YOAKE」。

福岡・奥八女にて活躍するYOAKE創業者の添田晨(そえだ しん)さんにお話を伺いました。

-「YOAKE」というブランド名の由来を教えてください。

私の名前である「晨(しん)」には、“夜明け”という意味があるんです。 

どんなに寒く暗い状況でも、あたたかい朝がやってくる。そんな夜明けが訪れるように。

私自身も家具を通して人々の人生に寄り添う存在でありたいという願いを込めて、「YOAKE」と名付けました。

- ご自身のお名前の意味とこれからの願いが繋がる素敵なブランド名ですね!そもそも家具職人を志すきっかけは何だったんですか?

父が芸術関係の仕事をしていた影響で、幼い頃から家にはたくさんの陶器や無垢の家具、絵画がありました。また、休日になると家族で陶芸家や木工作家の工房へ行ったりと、職人の暮らしを垣間見るような環境だったんです。

手元がおぼつかない子供時代には、父はあえて割れやすい高価な陶器を普段使いさせてくれました。繊細な器ならではの土の性質を体感させ、日常に取り込む感覚を教えてくれたんだと思います。

ただ、家具を作りたいと思うようになった一番大きなきっかけは、高校3年生の冬ですね。母が私と兄のために、冬のボーナスで組み立て式のベッドを買ってくれたんです。 

雪が降りしきる日、大きな体の職人さんがせっせとトラックから積み上がった部材を家に運んでくれました。てっきり完成まで作業してくれると思っていたら、自分たちで組み立てる用のベッドだったんです(笑)。

兄と2人で腕がパンパンになりながら組み上げたんですが、バラバラだったパーツが、大人3人が乗ってもびくともしない頑丈なベッドになったんですよ! 

その時の感動が、「自分も職人になって、この感動を与える側になりたい。使い手の人生に寄り添い、何気ない日常を彩りあるものに変えてあげたい。」と考えるようになったんですよね。

- お母様からのプレゼントは、ベッド以上の価値があったように感じますね!そこからどのようにして家具作りを学ばれたのか気になります。

高校卒業してから5年後、あのベッドを手がけた家具職人の西岡泰心氏に師事し、5年間かけて技芸を身につけました。特に脚部分などの削り出しの仕事を数多く経験させていただきました。

弟子上がりした後は神奈川県の逗子に移り住み、工務店に入って建築大工と家具製作で生計を立てていました。

工務店ではリフォーム工事が多く、最初は覚えるのに苦労しましたが、建築の現場で物事を俯瞰して見る視点が養えたことは、自分にとってすごく良い経験になりました。ただ、”図面ありき”の仕事が中心だったので、自分の作品と呼べるものを作りたいという想いはありましたね。

- 2017年に独立し、逗子から福岡の奥八女へ拠点を移された添田氏。何か特別な理由があったのでしょうか?

「自分を確立するためには自然の中に身を置き、原点に戻らなければ」と、改めて感じたのが決め手でしたね。

逗子を含む関東には、魅力的なプロダクトや情報が溢れていると思うんです。ただ私の場合は独立すると決めた時、一度全てをシャットアウトする必要があると感じて。なので、関東で築いてきた仕事や人間関係を清算し、後ろ髪を引かれる思いで逗子を離れました。

その後、家具職人としての第一歩を踏み出した奥八女という場所こそ、”初心を取り戻す要素” が揃っていると思い、地元である福岡へ移転しました。

- 実際に奥八女に戻ってみて、日々の生活や、ものづくりへの環境はどう変わりましたか?

四季の移ろいが本当にダイレクトなんですよ。正月が過ぎると蝋梅(ろうばい)や万作(まんさく)が咲く。春には、ミツマタ・桜。初夏には、紫陽花(あじさい)。それから、朴(ホオバ)やサルスベリの花などが咲きます。

自然に「出向いて」いた都会の時と違って、自然と「共生する」感覚に変わりました。

ただ、優雅な暮らしばかりではなくて(笑)。春から秋は約1000坪の敷地の草刈りに追われ、秋になれば毎日1時間の落ち葉掃きが2ヶ月ほど続きます。冬は薪ストーブの薪を確保したりと、雑用も重要項目になりました。

正直、工房のスカイデッキでゆっくりお茶を飲むといった日常ではなく、日々敷地の維持管理と製作に追われていますが、その季節ごとの匂いや風を感じることが、何より「ものづくりのヒント」になっていますね。

- 自然を身近に感じる生活が「ものづくりのヒント」になっているということですが、ものづくりにおいて特に大切にされていることは何ですか?

私は、家具というのはアートピースではなく、実用的な「道具」だと思っています。そんな「道具」を手掛けているからこそ、〝言葉やニュアンス〟を特に大切にしています。

春の生命の息吹や、夕立が来る前の夏のにおいといった、自然の中で揺れ動く心の機微を、木工というカタチにどう落とし込むかについて、日頃考えながらものを作っています。

例えば、 フラッピングスツール という作品には、「どこかに羽ばたいていきそうな」「自分自身も羽ばたいていきたい」というメッセージが込められています。

家具という具象的な道具と、抽象的な感覚という相反する要素が融合したときに、YOAKEらしい作品が誕生するということを意識しています。

- フラッピングスツールのお話を伺った後に改めて見ると、ふわふわと飛んでいるような、自由な気持ちが蘇るような気持ちになります。そんなYOAKE様の家具について、あえて伝えるなら、どのような方におすすめしたいですか?

モノや情報が目まぐるしく変化し、短期消費が加速する現代では、日々の ”選ぶ・触れる” といった何気ない行為の中にある、小さな幸せを見落としてしまいがちです。アートピースではなく、実用的な「道具」であると定義しているからこそ、生涯を共にする相棒のような存在になってくれたらと思っています。

毎晩の ”食後の片付け” のような日常の一コマでも家具を通して「幸せだな」と感じたり、家具に触れて一緒に時間を歩んできたんだと実感していただきたい。

そのために、例えば、カトラリーを入れる食器棚の取手を1本の木から削り出し、毎日触れる取手部分を一本の木(引き出しの前板)からすべて削り出しており、触れれば触れる程艶がでて、飽きの来ないような工夫を施しています。

YOAKEの家具がそのような気付きを与える事のできる家具であって欲しいと願っています。そして、このメッセージに共感してくださり、YOAKEの家具を選んで下さった方が、家具に触れる中で自然の中にいるような心地良さを感じ、日常の小さな幸せや気付きを得る体験をしていただけたら、これほど嬉しいことはありません。

- 来年2027年で独立されて10年目。この約10年を振り返ってみてのご心境はいかがでしょうか。また、今後の活動についての想いを教えていただけたら嬉しいです。

福岡に戻った当時、全てを一度リセットしたこともあり、仕事も人脈も一切ありませんでした。そんな中、個展開催を一年後に決めて会場をおさえたのを今でも覚えています。

その頃は、貯金を切り崩しながら家具を作るという、金銭的に厳しい時期でもありましたね。ですが、そんな心折れそうな状況や、独立前の鬱屈していた気持ちも含め、自分の全ての想いが詰まった作品たちの個展を一年後に行った経験は本当に良かったと思っています。

それからは、個展を定期的に開催しています。直近では、東京で個展をすることが目標でもあるんです。

個展に向けてモノを作る作業は、いつも先の見えない暗闇を彷徨っているような感覚に陥り、決してポジティブな感覚ではありません。ですが、己のスタイルを揺るぎないものにしていくには、注文品だけこなしていてはモノづくりとしての成長はないと考えています。

また最近は、北欧など海外からの問い合わせも増えているんですよね。なので、異なる文化の学生や家具職人と技術や知識を柔軟性をもって対峙していこうとも考えています。それが今後、個展に向けた作品づくりだけでなく、YOAKEの新たな発展に繋がっていくと思っています。

2027年で10年目を迎えますが、やるべきことは変わりません。自分自身の挑戦を続けながら、心から愛せる家具を作り続けていきます。

私にとって大切な相棒たちが、お客様の生活に馴染み、あなただけの相棒になっていく姿を楽しみにしています。

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