北欧ヴィンテージ家具の愛好家にとって"知る人ぞ知る存在"、デンマーク人デザイナーのNiels Otto Møller(ニールス・オット・モラー、1920–1982) 。
家具デザイナーでありながらも、自身の工場で家具を製造する経営者でもあった。
そんな彼の名言が残されていた。
"二流は捨てたほうがいい、一流だけで十分だから"
By Niels Otto Møller(ニールスOモラー)
この言葉を体現する彼の、異例のデザイナー人生についてご紹介。
環境も人脈も関係ない、独自の生き方で勝ち抜いた偉業
ニールス・O・モラーが活動した1950-1960年代は、ハンス・J・ウェグナーやフィン・ユール、ボーエ・モーエンセンらと同世代で、デンマークを中心に北欧デザインが世界的に脚光を浴びた時代だった。
モラーは広報熱心ではなかったため、カタログやデザイン史の表舞台で語られる機会が、他の巨匠ほど多くない。
北欧デザイナーの巨匠であるウェグナーやモーエンセン、ユールらがコペンハーゲンの美術工芸学校や王立芸術アカデミーで、正規のデザイン教育を受け人脈を築いたのに対し、モラーは正式な教育を受けず、地元オーフス(オールフス)を拠点に自分の工房を運営していた。
幼い頃から父親の工房で木工を学び、職人としての修行を経てデザイナーとなったため、学界やデザイン協会での派閥・交流とは距離を置いた一匹狼のような存在だった。
だから、他の巨匠たちのように共同プロジェクトやコラボレーションの記録がほとんどなく、家具という彼の実績だけが今もなお存在している。
二流は捨てたほうがいい、一流だけで十分だから
ウェグナーがYチェアなど数多くの名作チェアを生み出したのに対し、モラーのデザイン数は約20点と比較的少なく、現代のヴィンテージ家具としての希少価値が高い。
これは、彼の名言である「二流は捨てたほうがいい、一流で十分だから」という言葉を体現したかのように洗練され完成度の高い作品へのこだわりが人一倍強く、発表当初から「まるで昔からそこに存在していたかのような」永続的魅力を湛えていると賞賛されていた。
ニールスOモラーは、表舞台に出ることは少なかったものの、デンマーク家具職人組合(家具製作協会)の賞を複数回受賞している。
1974年に「流行や時代に左右されないタイムレスな家具デザインを貫き、それを体現した」功績により家具賞を受賞。続いて1981年にも「最高の伝統的クラフトマンシップと近代的な家具製造を見事に両立させた」点が評価され同賞を受賞した。
これらの賞は、同時代のデザイナーからなる審査団によって与えられるため、モラーが同業者からも高く評価されていた証と言える。
彼は「陰の立役者」のような存在感を放ち、尊敬を集めていたのだ。
富よりも、名誉よりも、大切なこと
モラーは、自身のブランド「J.L.モラー社(J.L. Møllers Møbelfabrik)」を若くして設立。
ウェグナーがカール・ハンセン&サン社など複数のメーカーと組んで作品を発表したり、モーエンセンがFDBやフレデリシア社で量産家具を手掛けたりしていたのに対し、モラーは自社工房での製造にこだわりを持っていた。
その結果、戦後多くのデンマーク企業が大量生産やコスト削減に舵を切る中、J.L.モラー社は少人数の職人による手仕上げと品質本位の路線を堅持し、ブランド独自の地位を確立することが出来た。
この妥協なき姿勢は、他ブランドが大量生産に移行して品質ばらつきに悩む中でも、同業者から「最高の品質から外れるものは一切世に出さない」と評されるほど、J.L.モラー社の家具が常に安定した高品質を保つ強みに変わった。
モラーの品質へのこだわりは、現代を生きる私たちにとって、富よりも名誉よりも大切なことがあると教えてくれる。そんな気がするのだ。
そんなニールスOモラーの代表作の一つである、ダイニングチェア Model 56 (モデル56)。
身体を包み込むような快適な座り心地に加え、滑らかに曲線を帯びて削り出されたチーク無垢材のフレームと、ペーパーコードの座面がなんとも軽やかなチェア。
繊細なアームの見た目に反する耐久性も兼ね備えていながら、片手でも持ち運べるほど軽量。
さらには、シンプルなデザインながら、背もたれの絶妙なカーブに彼の曲線美への絶対的なこだわりが感じ取れる逸品だ。
"一流"にこだわったモラーのダイニングチェアModel56。
本気で家具に向き合った彼のチェアに身を委ねると、自分が本気で信じて進みたい人生に向き合える気がする。